2007年03月01日

混沌の国・インドの希望。

街の様子.jpg

2月18日から10日間、ソムニードという国際協力NGOが主催するスタディツアーで南インドに行って来ました。

初めてのインド体験は「強烈」の一言。
街はどこも人、人、人。
交通マナーはないに等しく、早朝から深夜まで、所構わずクラクションが鳴り響きます。
バラックのような家々、土埃、ゴミの山、水たまり、建設途中なのか廃墟なのかわからない建物…。

おおよそ「秩序」というものがほとんど感じられない「ただあるがまま」の空間。

軽い目眩を覚えます。

旅の途中、何度も首をひねりました。

四大文明の一つであり、偉大な思想や宗教を生んだ国なのにどうして…?

結局最後までその疑問は解けませんでしたが、そもそも大国インドに対して、日本的な「秩序」を求めるのが間違いなのでしょう。そのことに気づいただけでも収穫でした。

さて、僕たちが向かった先は、南インドの東海岸から少し山あいに入ったパタパトナムという街。さらにそこから足を伸ばして、アウトカーストと言われる最下層の人々や、少数山岳民族の集落を訪問しました。

ここでは、ソムニード・インディアが地元のNGOと連携しながら、植林事業、灌漑施設整備などを支援しています。

こうした農村部はもちろん物質的には貧しいわけですが、しかし人々の表情に暗さはありません。質素な食べ物と日々の肉体労働で、男も女もしなやかで強靱な体つき、目は生命力にあふれています。

「日本人はどう見えるか?」というこちらの問いかけに、「君たちは軟弱そうだね!」と返すゆとりさえ。

ポガ村1.jpgDSCF1224.JPGDSCF1237.JPGポガ村2.jpg

このツアー中、ずっと考えていたのは、持続可能な社会を考える時、人間が生存するために必要な基本的ニーズとは何かということでした。

ガイドの解説によれば、彼らが米を食べられるのは一日に一食だけの時もあるそうで、そうした点では経済的に十分なレベルとは言えないでしょう。

しかし彼らは概ね健康で、現代人がおびえる「メタボリックシンドローム」とは無縁の生活でしょうし、最低限の教育は寒村と言えども保障されています。

コミュニティの人間関係は良好で、どの家も質素ですがが、家の中はきれいに掃き清められ、互いに助け合って生きている姿がありました。

犯罪とはもちろん無縁の世界でしょう。

人口200人足らずの小村をもって何かを言うのは危険かもしれませんが、しかし、彼らの生活にこれ以上加えるべきものはそれほど多くないように思います。

せめて自給できるために、もう少しの灌漑設備と、もう少しの農業技術、そして産直のための販売ルートさえあれば…。

帰り際に、「未来に向けて何が欲しいですか?」と質問したところ、十代後半ぐらいの少女は「スキル」と答えました。

彼女達は、葉っぱを縫い合わせて皿をつくる以外に、これといった技術(スキル)がないと言います。「スキルがあれば、もっと現金収入の道が拓けるのに…。」

切実さはありますが、絶望感とは無縁の微笑の中に、おだやかな希望を見た思いでした。

インドは奥深く、人の生きる姿がこの上なくリアルです。

インドの太陽.jpg

posted by Toshi at 22:02| Comment(1) | Lifestyle for Sustainability | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 こんにちは。先だって「志」のワークショップでお目にかかった者です。ソムニードの活動現場も訪れたことがあります。僕は、インドでは「若さ」を感じました。活気というか勢いというか、中国でも同様なのでしょうが今の日本にはないエネルギーに溢れていますよね。言ってみればこのエネルギーこそカオスであって、青年期の人間と同じく、なんでも吸収しぐんぐん成長していく力なんだと思います。そういう環境に形の上での秩序は必ずしも必要じゃなくて、元手となる文化的資産と人の意思さえあれば十分なんでしょう。その意味では村の少女にも最大級のアドバンテージがあるわけですね。あとはそれらを生かす知恵だけです。
 早く、軟弱な日本人を卒業したいものですね。笑
Posted by Ishikawa at 2007年03月06日 08:02
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